今回紹介する本は「失敗の科学」です。
私たちが毎日のように飽きもせず繰り返している「失敗」。
その正体は何でしょうか?
私たちは失敗とどう付き合っていけばいいのでしょうか?
本書を読めば答えが見えてきます。
本書のポイント
本書は失敗を前向きにとらえて学習することの重要さ、人間が非論理的に失敗を起こしてしまう心理傾向について書かれています。
以下に本書のポイントをまとめました。
- 失敗は恥ずべきものではなく、ゴールにたどり着くために必要なイベントである。
- 人間は自尊心を保つために、失敗を隠そうとする。
- 失敗を隠蔽し、失敗から学ばず成長しないことをクローズドループと呼ぶ。
- 失敗を公開・共有して、成長の糧にすることをオープンループと呼ぶ。
- 人間は誰もが自分のことを賢いと考えている。
そのため、誤った自分の考えを正当化する認知的不協和に陥ることがある。
- 自分の考えや組織の方針が正しいか、十分に検証する必要がある。
ランダム化比較試験(RCT)を実施することで客観的に仮説の検証を行える。
- トップダウン方式の解決方法はいかにも効果がありそうに見えるが、十分な検証が行われないことが多く、正しい解決方法ではないことがある。
- ボトムアップ方式は理論よりトライ&エラーを優先するため、予想もしなかった解決方法を導きだせることがある。
- 大きな問題は小さく分解することで解決しやすくなる(マージナルゲイン)
- 人間は世界を単純化しがちで、何かが起こったらそこに自分たちにとって都合の良いストーリーを後付けして納得してしまう。これを講釈の誤りと呼ぶ。
- 非難や懲罰では問題は解決されず、逆に失敗が隠蔽され、成長や改善の機会が失われてしまう。
- 人間や組織の思考傾向には、固定型マインドセットと成長型マインドセットの二種類ある。
前者は努力を無駄と考え、後者は努力で成長すると考える。
そのため、後者の方が失敗に対して前向きである。

要約
失敗に対する姿勢
本書では医療業界、航空業界の失敗が多く紹介されています。
どちらも失敗が命にかかわり、安全性がとても重要になる業種ですが、両者では失敗に対する姿勢が大きく違っているといいます。
医療業界・・・失敗を隠そうとする
航空業界・・・失敗をオープンにする
航空業界は機体データやコクピット内の音声データを保存するシステムが飛行機に搭載されており、事故の際に分析・公開する仕組みが確立されています。
言い換えれば、失敗を隠蔽できない仕組みになっています。
対して、医療業界は報告の仕組みやシステムが弱く、失敗が隠ぺいされたり十分に分析されないことがあります。
失敗は隠してしまえばそれでおしまいですが、逆にオープンにすれば、失敗から学ぶことで次に活かせます。
両者の失敗に対する姿勢の違いは、そのまま安全性の違いに表れています。
医療業界・・・アメリカでは毎年4万~10万人が医療過誤で死亡
航空業界・・・事故の割合は100万フライトにつき0.23回
医療過誤の死亡者数は年間4万人以上とかなり多い印象です。
これはボーイング747が毎日2機事故を起こしているのと同じ割合だそうです。
これに対して航空業界は失敗から学び、驚異的な安全性を実現していることが分かります。
クローズドループとオープンループ
医療業界と航空業界の失敗に対する姿勢は、クローズドループ、オープンループという言葉に置き換えられます。
- クローズドループ
-
失敗や欠陥に関わる情報が放置されたり曲解されて、進歩につながらない現象や状態を指す
- オープンループ
-
失敗は適切に対処され、学習の機会や進化がもたらされる
認知的不協和
クローズドループが起こる原因として、認知的不協和が関係しています。
- 認知的不協和
-
自分の信念と相反する事実は認めず、”自分の考えこそが事実だ”と解釈を変えて自分を正当化してしまうこと
失敗は自尊心を傷つけ、今の地位を失う恐怖を与えます。
これが認知的不協和の源です。
「自分はバカではない。だから自分の行動は正しいはずだ」
誰もが自分のことをそう思っています。
だからこそ、自分を正当化してしまうバイアスから逃れることは困難です。
認知的不協和から抜け出す方法
自分を正当化してしまう認知的不協和から抜け出す唯一の方法は、「あえて失敗する」ことです。
自分が正しいと思った方法や結論は仮説と考え、仮説を覆すデータを見つけるのです。
批判的なものの見方を忘れると、自分の見つけたいものしか見つからなくなってしまいます。
仮説を客観的に評価するためのRCT
仮説を覆すデータ(反事実)を見つけるために適しているのが、ランダム化比較試験(RCT)です。
中世の医師が盛んに行った瀉血(病気になったときに血を抜く治療法)は、長年の間効果があると信じられていました。
しかし、実際には効果があるどころか逆効果でした。
治療方法に対する反事実は、「もし治療を受けなかったらどうなっていたのか?」という問いです。
この問いをもとにRCTを行います。
・治療を施すグループA
・治療を施さないグループB
これら二つのグループを用意して実験し、二つの結果を比較し、その方法が正しいかを客観的に判断するのです。
失敗の繰り返しは選択の繰り返しと同じ
技術の進化は失敗の繰り返しによってもたらされました。
これは、生物の進化が自然淘汰という「選択の繰り返し」が行われることに似ています。
トップダウン方式とボトムアップ方式
技術進化のプロセスには、トップダウン方式とボトムアップ方式があり、問題解決にも使われます。
- トップダウン方式
-
「こうすればこうなるだろう」と最初に決めた理論に沿って進める。
最初にたてた理論が正しく、”失敗がない”ことを前提としたやり方。 - ボトムアップ方式
-
理論よりもトライ&エラーを優先し、反復作業を繰り返す、失敗を前提としたやり方。
トップダウン方式で作られた解決方法は、効果的でもっともらしく見えます。
しかし、そのもっともらしさが災いし、十分な検証が行われないことがあります。
ボトムアップ方式は理論よりも実践を優先するため、トライ&エラーの繰り返しにより、誰も予想しなかった解決方法が見つかることがあります。
まるで生物の進化のように、選択の繰り返しによって最適な答えが導き出されるのです。
大きな問題を解決する方法=マージナルゲイン
大きな問題や課題を解決する方法としてマージナルゲインがあります。
設立からわずか3年でツールドフランスを制したイギリスのチームが採用した方法です。
- マージナルゲイン
-
壮大な目的を小さく分解し、小さな改善を繰り返すこと。
大きすぎて解決が難しい問題を、小さく分解することでひとつずつ解決できるようになる。
マージナルゲインにより、分解した小さな問題の解決を繰り返すことで大きな問題を解決します。
この繰り返すというところは、ボトムアップ方式の反復作業に似ています。
非難と講釈の誤り
何か間違いが起きると、人はその経緯よりも「誰の責任か」を追及する傾向があります。
ミスや失敗は特定の誰かだけの原因ではないことが多いはずです。
しかし、先入観によって物事を過度に単純化し、誰かを非難する・・・
非難する相手が見つかれば、問題は解決したように思えますが、世界はそんなに単純ではありません。
この状態は、講釈の誤りが起こっていると言えます。
- 講釈の誤り
-
世界や現実の複雑さを過小評価してしまうこと。
物事が起こってから後付けで都合の良いストーリーを関連付けるため、後講釈とも言う。
前述のボトムアップ方式でも、「どうせ結果は分かっているのだから、繰り返し実験する必要はないだろう」と物事を単純化しすぎて講釈の誤りが起こることがあります。
非難や懲罰では問題は解決しない
失敗を防ぐ方法として、懲罰やクビなど重い罰則を与えることがあります。
しかし、重い罰則を科せば科すほど、罰則への恐怖から失敗が隠蔽され、失敗から学ぶ機会が失われます。
また、非難の対象(スケープゴート)にされることが分かると、離職者が急増し、人手不足によるクオリティの低下から失敗はむしろ増えていきます。
固定型マインドセットと成長型マインドセット
失敗に対するアプローチには、個人や組織が持つマインドセット(物事を捉える時の思考の傾向)が大きく関わっています。
- 固定型マインドセット
-
知性や才能は生まれ持ったものでほぼ変えることはできないと考える
- 成長型マインドセット
-
知性も才能も努力によって伸びると考える
マインドセットは物事をやり抜く力はもちろん、途中で合理的にあきらめる判断を下すための決断力にも影響があります。
成長型マインドセットの人は、引き際を見極めて他のことに挑戦することも、やり抜くことも、成長と捉えているのです。
失敗に対する考え方に革命を起こそう
失敗は恥ずかしいものでも汚らわしいものでもなく、学習の支えになるものです。
誰かが挑戦して失敗したなら、挑戦したことを称えよう。
自分の仮説を過信せず、粘り強く、勇敢に批判を受け入れながら、
真実を見つけ出そうとする者を称賛しよう。
まとめ:年齢や立場に関係なく読むべき良書
本書ではたくさんの事例が紹介されており、どれも興味深いものです。
- 医療過誤により妻を失い、その後の原因究明に尽力し、医療業界をオープンクローズにさせた男の話
- カルト教団で教祖の予言が外れても、信者は教祖を信じ続ける話
- ティーンエージャーの犯罪者に恐怖を与えて更生させるスケアードプログラムの大失敗の話
- 殺人の容疑者が明らかに冤罪であることが分かったにも関わらず、それを認めない警察エリートの話
- 試験や入団テストなど、厳しい通過儀礼を経験したものほど失敗を認めない傾向がある話
- 航空機の墜落を防いだにもかかわらず、墜落未遂事故のスケープゴートにされ、命を絶ったパイロットの話
- 誤って軍事施設上空に侵入し、意思疎通ができず軍用機に撃ち落とされた旅客機の話
- etc…
本書を読むと、大昔から人間は失敗を隠したり、間違った方法を正しいと信じ込んでいたことがよく分かります。
自分自身はどうでしょうか?
紹介されている事例ほど極端ではないにせよ、認知的不協和や講釈の誤りに陥ったことがあるのではないでしょうか?
これはある意味自然なことです。
本書を読めば、人種、年齢、立場に関わらず、誰しもが認知的不協和などに陥ってしまうことがよく分かります。
そして大事なのは「そこからどう抜け出すのか?」であることが書かれています。
このように本書は「失敗」というたった一言から人間が誰しも持つ心理傾向や、そこから生まれる失敗、その対策など様々なことを学ぶことができます。
年齢や立場に関係なく読んでいただきたい良書です。
ぜひ手に取ってみてください。